「店長、私の給料間違ってませんか?」 トラブルの原因は求人広告にあり!?
- 求人広告ノウハウ
]ある日突然、「店長、僕の待遇って求人広告と違いませんか?」と働いているスタッフに言われたら、どのように対処すべきか知っていますか? 求人広告に記載した労働条件と実状のズレをめぐって起きるトラブルは後を絶ちません。スタッフからのクレームを受けた時の法的なペナルティは? トラブルを未然に防ぐ方法とは? 求人や雇用の法律に詳しい行政書士の小山内先生にお伺いしました。
目次
もしも自分の身に求人広告トラブルが起きたら……
近年、アルバイト・パート市場は空前の人手不足を迎え、採用難に苦しむ店舗や企業も少なくありません。そして、募集のために店頭に貼り出した求人チラシや情報誌に掲載した求人広告をめぐり、思わぬトラブルが起きてしまうこともあるのです。
求職者、あるいは労働者から寄せられるクレームとして、よくあるのは下記のようなケースです。
求人広告にまつわる典型的なトラブル3つ
●ケース1
「面接で、求人広告に記載してある賃金よりも、低い賃金を提示されました」
●ケース2
「面接の時は気づきませんでしたが、働いてみると休日などの待遇が思っていたものと違うんです」
●ケース3
「求人広告には“基本給30万円”と記されていたのに、実際は60時間分の残業代が含まれており、基本給は実質15万円程度でした」
これら3つのケースをもとに、店長のための“求人広告トラブル対処法”をご紹介します。
異なる条件提示は“オトリ広告”とみなされる
求人広告と異なる条件を提示するのは原則NGです
まずは、「面接で、求人広告の賃金より低い賃金を提示された」というケース1から見ていきましょう。
類似例として、「面接に行ったら、求人広告に記載されている仕事内容や労働条件と異なる説明を受けた」「面接の際、『応募した求人とは別の職種で採用したい』と言われた」などがあります。
面接に来た求職者に、求人広告と違う待遇を提示するのは法律的に見てNGです。面接時に提示した待遇が広告よりもダウンしていれば、好条件をちらつかせて求職者を釣る“オトリ広告”や“虚偽広告”とみなされ、場合によってはペナルティとして6か月以下の懲役、または30万円の罰金などが科されます(職業安定法 第5条の3、第42条、第65条第8号)。
基本的には、求人広告通りの条件で面接をするのが大前提。ただし、面接時にわかった求職者の能力や適性を加味し、広告とは異なる条件の求人に応じてもらえないかと交渉した結果であれば、問題はありません。
条件に関する「認識のズレ」も店側が不利に
曖昧な書き方をした場合、労働者の解釈が優位に立ちます
一方、ケース2のように「働き始めてから求人広告の内容と異なる点に気づいた」事例は、こちらが説明したつもりでも、スタッフが理解していなかったことによる“行き違い”で起きるトラブルです。例えば、面接時に交渉した結果、求人広告とは異なる勤務日数で合意したはずが、スタッフがそれを失念。「話が違う」と言い始めてしまった……というパターン。
この時、まず店長としてなすべきは、スタッフ側の言い分をきちんと聞くこと。そして、スタッフが理解できるまで真摯に説明をする、あるいはスタッフが納得する待遇を検討することです。
もしも店長がスタッフの言い分を突っぱね説明もしなければ、どうなるでしょうか? 法的に見て店長は不利な立場に立たされます。というのも、職業安定法とパートタイム労働法、労働契約法などでは、雇用者には、あらゆる場面で労働者に対する説明責任が課されているからです。
考えられるペナルティは指導や勧告、命令などの比較的ゆるやかなものが中心ですが、問題視されるポイントは「労働契約を結ぶ際」に「文書(いわゆる「労働条件通知書」)などで労働条件を明示したか」どうか(労働基準法第15条第1項)。
もし明示した事実がなければ、30万円以下の罰金などが科されます(労働基準法第120条第1号)。これは、外部の労働組合や地域団体、弁護士などから刑事告訴や刑事告発を受ける原因ともなるため、注意が必要です。
これをクリアしていた場合も、その事実を証明するには証拠が不可欠。つまり、労働条件の詳細を明らかにした書面と、その書面を交付し、スタッフ自身が受け取ったと示す本人のサインなどがいるのです。
通常、こうした“行き違い”でもめるケースにおいて、店舗側がここまで準備できていることはまれ。逆に言えば、きちんと書面で交付し、説明し、スタッフが理解した時点でサインをもらうことが、「思っていた待遇と違う」といったクレームを防ぐ最も重要なポイントです。
最も多い「給与トラブル」の対処法
労働条件を明示することこそが、求人広告トラブルを防ぐ唯一の手段です
「求人広告には“基本給30万円”と記されていたのに、実際は60時間分の残業代が含まれており、実質の“基本給”は15万円程度だった」というケース3は、「基本給とは何か?」という点で、店舗側とスタッフ側の認識にズレがあったことが原因です。
一般的に、“基本給”には明確な定義がなく、企業が自由に定めるもの。ケース3の基本給30万円は、「固定残業手当」や「固定残業代」と呼ばれる手当をあらかじめ含んでいます。これは、非常にトラブルが多い計算方法です。
「固定残業手当」が有効と認められるのは、「通常の労働時間と賃金」と「残業の労働時間と賃金」とが明確に区分されている時だけ。面接時に“基本給30万円”としか伝えていなかったならば、過去の判例によると、労働者側の解釈が優先される可能性が高いのです。場合によっては、店舗側は30万円を基本給として、さらに残業代を加算する形で支払わねばなりません。
基本給にまつわるトラブルの多くは、店長が給与計算を本部や他の担当者に任せていることに起因します。給与のシステムを店長自身がよく理解していないゆえに、求人広告や面接などで誤った給与額を伝えてしまうのです。
給与面のトラブルを回避するには、まずは店長自らが給与システムをきちんと把握しておく必要があります。
トラブル回避のポイントは「労働条件」の内容と伝え方にアリ
以上のように、求人広告トラブルを未然に防ぐには、「労働条件を一義的に定めること」「雇用者として説明責任を果たすこと」「労働者がきちんと理解すること」。この3つを満たしていれば、ケース1~3のような典型的なトラブルが起きる確率をぐっと下げることができます。
定めた労働条件をスタッフに明示する時は、職業安定法の規制に沿うのがポイント。なぜなら、これらの規制は過去の求人トラブルをもとにしており、少なくとも過去の典型的なトラブルは、職業安定法を守ることで防止することができます。下記に「明示すべき労働条件」をまとめました(職安法施行規則第4条の2)。
労働条件として書くべきこと6つ
- 業務内容
- 労働契約の期間
- 就業の場所
- 始業&終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日
- 賃金の額
- 雇用保険の適用
また、求職者やスタッフへの適切な説明方法に関しては、厚生労働省の出している「ガイドライン」も参考になります(「平成11年労働省告示第141号」の第3)。
労働条件を明示する際のガイドライン
- 明示する労働条件等は、虚偽又は誇大な内容としないこと
- 求職者等に具体的に理解されるものとなるよう、労働条件等の水準、範囲等を可能な限り限定すること
- 求職者等が従事すべき業務の内容に関しては、職場環境を含め、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること
- 労働時間に関しては、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働、休憩時間、休日等について明示すること
- 賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること
- 明示する労働条件等の内容が労働契約締結時の労働条件等と異なることとなる可能性がある場合は、その旨を併せて明示するとともに、労働条件等が既に明示した内容と異なることとなった場合には、当該明示を受けた求職者等に速やかに知らせること
- 労働者の募集を行う者は、労働条件等の明示を行うに当たって労働条件等の事項の一部を別途明示することとするときは、その旨を併せて明示すること。
ガイドラインのポイントは「虚偽や誇大な内容を避け、スタッフが具体的に理解できるように、労働条件を限定して示すこと」。必須の手順ではありませんが、これに沿って労働条件を明示すれば、トラブルになるリスクを下げることができるでしょう。
繰り返しになりますが、労働契約を結ぶ時に最も大切なのは、上記に記した労働条件を「書面」でスタッフに配布し、きちんと内容を説明し、スタッフが書面を受諾し、理解したと示すサインをもらっておくことです。
スタッフ自身も自分の労働条件をはっきりと認識できるので、万が一の際には店舗側の防衛策にもなります。これで「求人広告と違う」というクレームはぐっと減るはず。気持ちよく働ける職場を作るためにも、ぜひ実践してくださいね。
小山内 怜治 /Reiji Osanai
小山内行政書士事務所代表 |